浅吉ひとりぼっち


長唄三味線方:杵屋浅吉:コラム・ブログ

浅吉ひとりぼっち--- コラム

COLUMN

vol.12・・・2016/1/3

 新年あけましておめでとうございます。 色々なものが混ざり合った現代、日本人が西暦の1月1日を祝うのもすっかり当たり前になりました。海の向こうがまだ前の年っていうのも当たり前。細かいことは気にせず、めでたいもんはめでたいということで。
正月だけは神社に行って、正月だけは和装して、正月だけは日本音楽が聞こえる、そんな世の中。そんなに無理して正月だけはの日本文化を守らなくてもと思うのですが、そのお蔭で残ってる文化も多々有るので感謝せねば。
時代に合わせてどんどん移り変わって正解も変わっていくのが文化の正しい在り方、それぞれの感覚で新しい時代を生きていけば良いのでしょう。

 僕は世間的には2年連続で「喪中」ということになります。が、気にしてないので皆様もお気になさらず。そもそも「服喪」というものの原点からちゃんと知って考えれば、現代の社交辞令的な喪中がもう時代に合っていない事を感じます。皆ちゃんと服着るし肉食うし酒飲むし仕事もするもんねぇ…。
悼んでないわけではありません。自分が悼めば良いわけで、他人様にまで押し付けるのはバカバカしいなぁと思うだけです。あくまでも僕の個人的な考えです。

 正月からめでたくない話題で申し訳ありませんが、そんなこんなでこのところ「死生観」ということを考えます。
死んだ人がどこへ行くのか…永遠の謎。その想像の違いだけで未だに大真面目に殺し合いをしている下らない奴らもいる、って言ったら宗教を馬鹿にしすぎでしょうか?
地球に帰るんですよ、死んだら。埋めるなら腐って土へ、焼くなら煙で大気に。それが自然の摂理です。要は死んだ人の問題ではなく遺された人の問題だということです。悼み、偲ぶこと。本当に人それぞれです。それこそ民族や宗教、慣習、先祖、世間体等々…時代と共に変わるものも有りますが、変わらないのは遺された人の気持ちでしょうか。

 江戸時代は概ね土葬だったらしいですが、ごく稀に火葬もあったようです。ザックリ言うと土葬は農耕民族、火葬は狩猟・遊牧民族の風習といわれます。身分制度の確立した江戸時代に火葬をしていたのは、おそらく身分の埒外にいた人々だったと思われます。
そういった身分の外の人々、「道々の輩(ともがら)」と呼ばれる人々も、様々な理由から火葬であったと僕は考えます。
日本版ジプシーとも言われる彼らは、土地に縛られず慣習に流されず、迫害や弾圧に負けず自由を求め逞しく生きていました。火葬には「死者は煙になって風に乗り世界を巡る」という思想が有った筈ですから、現世の不自由さに死後こそ打ち勝つという願いも有ったかもしれません。
本来我々芸人だって「道々の輩」であったはず。残された灰よりも、立ち昇った煙にこそ「死」の意味を感じられる感性が無くてはならないと思う今日この頃です。

 だいぶ無理矢理ですが…
2016年も、「道々の輩」であることを目指して、自由に楽しく生きて行こうと思います。霊感皆無なので気付けませんが、旅立った人達もたまには応援に来てくれてるんだと思うので、死者にも恥じない演奏を心掛けねば。勿論生きている皆様にも一層楽しく喜んでいただけるよう、日々精進いたします。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます!

弓彦≒浅吉

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