浅吉ひとりぼっち


長唄三味線方:杵屋浅吉:コラム・ブログ

浅吉ひとりぼっち--- コラム

COLUMN

vol.2・・・2014/3/24

 皆様、おはようございます。開設後初更新…すみません。去年末から公私ともバタバタでして、なかなか筆を取れませんでした。

 まず、そんな中で2月28日に「第一回ぼっち会」を開催することができました!ご来場いただいた皆様、ならびにTHE GLEEスタッフの皆様、応援いただいた皆様に、心より感謝申し上げます。詳しい内容や反省は、LIVEのページにて改めて詳しくアップしますのでお楽しみに。

 これで立ち止まることなく、続けて行くことに意義があると思っています。第一回の「てさぐり」で探った事をもとに、すでに第二回に向けての準備も進めております。どんどん面白くしていきますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 第一回を終えて何よりも思ったのは、喋ることの難しさです。お客様からは暖かい御言葉をいただきましたが、やはり苦手なものは苦手でして…色々と話したいこと、伝えたいことを出しきれなかったというのが正直な感想です。 もちろん、今後経験を積んでもっと喋れるようになりたいと思ってます。が、しばらくの間は小難しいことはこの場にて文章で書いてみようと思います。

 初更新ですので、まずは大元である「伝統芸能」をテーマに書いてみようと思います。

 一言に「伝統芸能」と言っても、本当に多種多様ですが、とりあえず昔始まって今でも残ってるという事でしょうか。あとはイメージとして堅苦しい、難しい、敷居が高い、眠い、高い、ありがたや~等々。古きものを頑なに守っているというイメージも有るかもしれません。元々は神事、祭事、軍事、農事等に関わるものとして生まれたものが多いと思いますが、僕のやってる「長唄」というのは、江戸時代の庶民の娯楽であった「歌舞伎」の伴奏音楽として生まれた三味線音楽のジャンルの一つです。

 まずは母体である歌舞伎について少々。色々な細かい歴史はさておき、江戸時代のお芝居です。台詞劇に音楽劇、舞踊劇など色んな形で、題材もおとぎ話に歴史ものに当時のタイムリーなニュースまで幅広く、お能を元にした荘厳なものもあれば落語の洒落のきいたものも。笑いあり涙あり恋愛あり仇討ちあり…テレビの無い時代の庶民の欠かせない娯楽として、まさにオールジャンルの総合エンターテイメントだったわけです。

 時代が下がって立ち位置や存在意義も変わってきていわゆる伝統芸能になりましたが、現在でも毎日数千人の観客を動員し、たまにはテレビで取り上げられたりするほどのポピュラーさは保っています。決して高齢者ばかりじゃなく、若いファンもちゃんといます。外国人も多くなりました。それらのお客さんの意識や必要としているものは江戸時代とは全然違う筈です。もし伝統芸能としての歌舞伎が、古きものを頑なに守り続けてそれを押しつけるだけのものなら、多分歌舞伎座は埋まりません。

 そうじゃなくて、守るべき最低限のルール、スタイルとかシステムとかそういうものは押さえた上で、時代の変化や観客のニーズに合わせてちゃんと変化して行ってるから今でも成り立っているんだと思います。庶民の娯楽としてウケなきゃ駄目だという意識。昔から本当に古今東西全国津々浦々の様々なものを題材に、ありとあらゆるジャンルの芸能をうまく取り入れて吸収して変化してきた歴史。血筋だとか家柄だとか芸だとか型だとか…現代だからこそ頑なに守らないといけなくなったものは有るけど、逆に混ざって色々な要素があるおかげで、人それぞれ価値観が違っても共有できる。単純な娯楽として、脚本や演出を、衣装や舞台美術や音楽を、ドラマに出てたあの役者を…色んな視点で楽しめます。現代人を楽しませるためなら携帯電話やAKBなど平成文化だって登場しちゃいます。

 いつの時代でも観客を楽しませようとしているそんなエンターテイメント性こそ、歌舞伎の「伝統」なんだろうな、と思ったりしながらいつもお仕事をしています。

 さて、意外な柔軟性を持った歌舞伎はさておき、それ以外で「伝統芸能」って言うと、結局は歴史上どこかの時間で止まったものを切り取って今でも保存しているってイメージですよね。止めたタイミングはズバリ明治維新。どっと入ってきた西洋文化に対応するために、それまでの時間を止めちゃった。鎖国から開国という歴史がある以上それはそれでしょうがないんだけど、開国までの時間は長いのになあ。時には流行り、時には廃れ、再び盛り返し…人気の浮き沈みもあったろうし、内容も色々と変化しただろうし、現在と同じように人々の暮らしの中の普通のカルチャーだったものが、幕末の状態で一斉に「はいっ、伝統!」。たまたま落ち目の時に伝統にされちゃったらたまりませんね。

 何はともあれ、江戸までの文化をそのままの形で保護・保全しようというのは、それはそれで尊い事です。今でも江戸の文化に触れられるのはありがたいこと。が、歌舞伎がそうであるように、やってる人間の時間まで止まったわけではありません。歌舞伎の変化、動きの中から生れた長唄にも、明治以降新しい動きがあったのですが…

 少々とか言いつつすっかり長くなってしまったので今回はこの辺で。次回コラムではこの続きを軸に、もう少し「伝統芸能」について考えてみたいと思います。

 皆様、ありがとうございました。

弓彦≒浅吉

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